2021/08/12

手摘み煎茶 君ヶ畑 2021 < 小椋武さん 作 >

 


お待たせいたしました。

滋賀県東近江市 君ヶ畑(きみがはた)で代々暮らしておられる、小椋武(おぐら たけし)さんの2021年の煎茶をいよいよご紹介します。

まずは先日お会いしに行ったときのリポートをお届けし、最後にこのお茶の具体的な魅力について詳しくご案内しましょう。

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2021年8月8日(日)

あらかじめ小椋さんには電話をしておき、君ヶ畑へ。新茶の仕上がりから時間が経ってしまいましたが、ようやくお会いする日を調整することができました。(お店の開業で7月いっぱいは本当に忙しくなってしまい、それは良いことではありつつも、産地を訪う時間も無くなってしまっていたのです)

君ヶ畑という場所、まずはぜひとも地図でご覧ください。

https://goo.gl/maps/nSs7R5habURjmpBC7

滋賀と三重の県境にほど近く、山のかなり奥まで登ります。車の離合できない狭い山道をずっと登った先に開けるこの場所は、何度かご紹介しているとおり「政所茶」ブランドを構成する7町のひとつ。しかし小椋さんが大切にしているこの地の名「君ヶ畑」を尊重し、商品にはその名を使いました。

山を登る前に、いつものように道の駅でトイレ休憩を。見知った女性が軒先で物売りをしているなと思えば、小椋さんの奥様でした。売っているのは甘酒です。いつも訪ねるとお土産に持たせてくださる自家製のそれは、ちょっとだけ塩が効いていてこの時期にはばつぐんのおいしさ!

「これから武さんのところに行きます!たまたまトイレに寄ってみれば、お会いできてよかったです」

「はい、もう今日は朝からずっと待ち構えてますよ!行ってあげてください。行楽の車がいつもより多いし、カーブでスピード落とさず曲がってくるから気をつけて。ゆっくりゆっくりね」

政所町、箕川町、蛭谷町…今も昔ながらのお茶づくりが続く家並みが点在する山道を走り抜けます。君ヶ畑に到着し、車を停めて小椋さんのご自宅へ。完璧に掃き清められた玄関と客間、そして仏間は見るだけでも心が洗われるような空間です。

「小椋さーん、こんにちはー!」

居間から出てこられた小椋さん、ジーンズと白いTシャツの爽やかな姿。御年80歳ながらもたくましい体つきの持ち主です。語らずして山のなかで身体を駆使してこられたことがよくわかります。小椋さんのすっと伸びた背筋やちょっとした所作を見る人は、彼が先祖と山をどれほどに尊重して生活してこられたのかを否応なしに感じ取るでしょう。清い精神の持ち主なのだということが、言外に滲み出ています。

小椋さんが大切に仏間へ運んできたのはひとつの古い茶箱です。



ここに今年の手摘み煎茶が納められています。その量、わずか8キログラム。今年は私も手摘みに参加しました。

「まだいっぺんも開けてないんです」

小椋さん、6月に仕上がったこのお茶を今日までたったの一度も飲まず、開封すらせずにずっと保管していてくださったのです。これほどに光栄なことが他にどれくらいあるでしょうか。どのような気持ちで今日を待っていてくださったのだろうかと考えると、万感の思いが心に去来します。

静かに小椋さんが茶箱の蓋を開けると、紙袋に丁寧にくるみ、バンドできっちりと封がされている見慣れた包が現れました。これは日野町の満田さんの仕事(当店ではおなじみの生産者です)。その梱包作業を私は去年の夏に何度か満田さんのところでやったので、よくわかります。

小椋さんは、山を少し降りた政所町にある共同製茶工場で荒茶を製造してもらったのち、仕上げを満田製茶に委託しているのです。

少しだけ詳しく説明しますと、まず小椋さんが摘んだお茶は、香りを引き出す工程をふんだのちに、共同製茶工場で「蒸し・揉み・乾燥」を行っていったん保管できる状態の荒茶となります。

ここから小椋さんは車で1時間ほどのところにいる満田さんのもとへ荒茶を預けに行き、仕上げ作業を委託します。仕上げでは荒茶を選別し、火入れ乾燥を行います。こうしてきちんと袋詰めされた仕上げ茶が小椋さんの手元に帰ってきているのです。

...

「飲みましょう」といっておもむろに湯をわかし茶器を用意する小椋さん。たっぷりと茶葉を急須に入れて、少しだけ冷ました湯で蒸らし、注いでくださいました。

はじめて今年のお茶を一口飲んだ彼は押し黙って、表情を変えることもありません。そのような生産者を前にしたとき、どのような言葉を手繰り寄せ、そのお茶についての評をすべきなのでしょうか。

こちらも黙っていただくべき?それとも、あらん限りのボキャブラリーでもって、感じることをたくさんしゃべるのが好ましいか?

いえいえ、頭で考えてものを言うときではありません。お茶は、その空間を共有できた人との時間を自然といつくしむ気持ちを呼び起こしてくれます。だから「ああ、やっぱり、おいしいな…」くらいしか私は言えませんでした。

お茶屋ならばもっと、それらしい表現をたくさんすべきなのかもしれません。もちろん、ふだんひとりでお茶のサンプルと向き合うときならそうしますが、必ずしもそれが必要でない場面も多々あります。

「おいしい、おいしい…」

「やっぱり、人の言葉が励みですな。お茶じゃないけど、言葉をかけてもらうことは、肥料をもらうかのような気持ちです。わっはっは。…お茶というんは、預かりもんです。工場で人様のお茶を預かって加工するときも。代わりがありません。人様から預かってきちんと仕上げてあげんといかんから。畑やって、ご先祖からの預かりもんです。自分のもんではないんですよ」

「預かりもん」という言葉は、箕川の集落に居る川嶋さんも口にしていました。何が自分のもので、何が預かりものなのか、それを私はこの地域を訪ねるたびに感じます。

8キロあるこのお茶のうち、4キロほどは行き先が決まっており、残りすべてを私が預かることになりました。これもまた預かりものです。お金を出したから所有権が自分に移るなどという、そういう話ではないのです。これはモノとお金の交換ではないのですから。



「また神社に詣りたいのです」と私が言うと「それじゃあ一緒に行きましょう。昼ごはんは食べていってください」と小椋さん。この日、帰省しておられた次男さんに食事の用意をお願いなさり、その間に神社へ行くことに。

歩いてすぐのところにある、大皇器地祖神社(おおきみきぢそじんじゃ)へ向かいます。この神社ほどに清らかな空気の静かに流れているところを私はあまり知りません。この境内を一緒に歩くのは2度目。

その道中で何を小椋さんと話したとか、どういう景色が見られたとか、どれも大切です。でも私の心に深く刻まれるのは小椋さんの参拝の様子、歩くときの背中、そして一緒に歩を進めるときのなんとも言えない嬉しい気持ちです。

ご自宅に戻り、ゆっくり昼食をいただいてからお暇することになりました。奥様がお土産に用意してくださっていた甘酒をたっぷりと、そして軒先でつくっているトマトを山盛りにして。

「大切なお茶を預けてくださってありがとうございます。きちんとお客様に、小椋さんのことを伝えます」

車のところまで父子が見送りに来てくださいました。走り出す車の窓からぎこちない会釈を繰り返す僕に対して、お父さんは深々とした礼を…あんなふうに送り出していただくと恐縮してしまい、動き出した車の中では相応しい反応もできず、ただ「ありがとうございました!また来ます!お元気で!」と大きな声で返すほかありません。

サイドミラーには父子がずっと写っていました。お父さんによく似た次男さんはちょっと後ろに控えて遠慮がち。小椋家の未来についてあれこれここで考えることはしませんが、やがて小さくなる父子が、凹凸ある道で揺れるミラーのなか重なり合って、ひとりのような、ふたりのような姿になっていました。

「自分の代で畑を小さくすることはせず、次に手渡したい」と小椋さんのいつもおっしゃる言葉が頭をよぎります。

...

帰りがけにもう一度道の駅に寄ってみれば、奥様はずっと同じところで売り子さんをやっておられました。

「お茶、いっぱい預かりましたよ!がんばって売りますね!」

「それはありがとうございます。お店のことなんかで大変やと思うけど、頑張りすぎたらあかんよ」

「今は頑張りどきかなと思って、ちょっと無理してる日々ですね。それも楽しいですよ」

「あかんあかん!一升の入れもんには、一升しか入らんのっ。これ持っていき(売り物の赤飯を3つ持たせてくださる)」

「ありがとうございます...!晩ごはんにします!甘酒飲んで帰りたいので1杯お願いできますか?」

「生姜は多い目でええね」

「はい。これ、100円」

「またおいでね。奥さんと子らも連れて」

そうしてだいぶ離れてからも、テーブルから身を乗り出して見送って下さいました。一区切りついて前を向いても、それでもまだ後ろから「気をつけてね!」と手を振っておられる。

爽やかな気持ちで、家路に。

帰り道にはいつも、行くときよりも何かが満ちています。



商品情報

『手摘み煎茶 君ヶ畑 2021』

¥2,980 / 40g

滋賀県 東近江市 君ヶ畑町 小椋武 作

実生在来種  / 無農薬 有機栽培 / 手摘み / 萎凋有

荒茶製造:政所製茶工場(東近江市政所町)

仕上加工:満田製茶 満田久樹(日野町)

このお茶は近年まれな「萎凋」という工程を経ています。茶工場での製造前に、太陽光に短時間あて、さらに何度も撹拌しながら一昼夜を日陰で過ごさせることで、さわやかな香りの発揚を促します。特有の香気はこの工程をふんでいなければ持ち得ず、また温度管理などが適切でなければ爽快な香りにはなりません。

伝統的にこの地域で当たり前に行われていた昔ながらのお茶づくりの息吹を現代にも確かに伝えています。

柑橘の皮やレモングラスにも通ずる香りを存分に楽しむには、100℃の熱湯を使い、10秒程度の極めて短時間の抽出を繰り返すことをおすすめします。4煎目ごろ以後は徐々に蒸らす時間を長くとることで、少なくとも6煎は淹れられます。

湯冷ましした湯でじっくり淹れると、香りだけでなく厚みあるどっしりした味わいを一緒に楽しめます。温度はお好みで調整してください。

萎凋だけが特徴ではありません。特筆すべきは、なかなか衰えない特有の静かな滋味です。全体を下支えし、飲み疲れのない素朴な飲みごたえには、在来種特有の深みが存分に発揮されています。近年まれになった「萎凋」をするお茶ですが、何よりも原料のよさが大切であることをつくづく感じさせます。

決して派手ではありませんが、煎茶のひとつの真髄がここに極まっているといえる存在でしょう。

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