2022/10/07

玉露というお茶についてどんな印象がありますか?




Instagram ストーリーズでの質問

「玉露というお茶についてどんな印象がありますか?」

回答集と考察


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標記の質問をインスタグラムでフォロワーの皆さまに伺ったところ、 24時間のうちに16ものご回答をいただくことが出来ました。リアクション、どれも嬉しかったです!興味深く拝読しましたよ。どうも有難うございました。

せっかくの情報源。アカウント名は伏せて、そのまま掲載することをお許しください。そのうえで、玉露をどのように紹介し、扱っていくのかを考えてみたいと思います。

あまり知らないけど、ちょっと興味あるな!と思っていただけたら幸いです。お近くのお茶屋さん、あるいは(ぜひ)当店にて杠葉尾の玉露をお試しいただきたい。(まだ販売はしておりません。少しお時間をください)

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回答

① 甘い 

② お高いお茶 

③ お高い!

 お値段が高い

⑤ 淹れる作法が難しそう

⑥ 高級。低温で淹れる。

⑦ 値段が高い、カフェイン多い?特別な日用のお茶というイメージ

⑧ ぽたぽたとじっくり抽出して甘みの変化を楽しむお茶…という印象です

⑨ ぬるいお茶 ⑩ 少量で酔うお酒のようなお茶。脳天にくる感じ。気付け薬のような

⑪ 甘い

⑫ 私は普通の煎茶が好きです。妙なアミノ酸の味のする玉露しか知らないせいかもしれないです。

⑬ 甘い、お茶というよりスープ

⑭ 高級。甘いお茶。淹れるのに温度気にしなきゃいけないお茶。

⑮ 格式高い!?こだわりが強い方が飲んでいる印象があります!

⑯ 甘いけど少しにがい


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考察

「甘い」「高価格/高級」「淹れ方に工夫が必要」というご意見が中心でした。あとは⑩や⑫のようにご個人の感じ方を表現して下さった方も。


ポイント① 「普通のお茶」とは違う

特別なお茶と感じている方が多いようです。確かに玉露は日本茶のなかでも群を抜き高価格のお茶です。参考に、お茶屋さんのオンラインショップなどを覗いてみてください。

市販品には「玉露ブレンド」などと謳うものが時々見られますね。これは玉露が高級品であるというイメージを利用しているのでしょう。しかし、「なぜ普通のお茶ではない高級品なのか」を説明できる人は多くないかもしれません。日本茶の消費が落ち込んでいる現状のなか、高いというイメージだけが取り残されている可能性があります。

他のお茶と何がどのように違うのかを客観的に説明すること。販売者の大切な仕事のひとつと感じます。


ポイント② 「甘い」とは何か

玉露に砂糖は入っていません。特徴的なあの味わいは、各種のアミノ酸が他の緑茶より相当に多く含まれていることによる「旨味」です。

それにも関わらず「甘い」と表現する方が多いのは興味深いです。玉露の旨味は昆布出汁に似ているともいいますが、昆布出汁や、加工食品に使われる旨味調味料のことを「甘い」と表現するのは、一般的ではない思います。

お茶の旨味を「甘い」と表現するのは、お茶に限った独特の味覚表現なのかもしれません。


ポイント③ 高いと知っているが好きとは思っていない

面白かったのは、「高い」「甘い」とは書けども「好き、おいしい」という表現はひとつも見られなかったことです。このことから、「玉露が高いということは知っているが、好きではない/飲んだことがない」方が多いかもしれません。

そうだとすると、やはり玉露が高いという一点だけが独り歩きし、お客さんたちの嗜好と噛み合っていない場合が多いという可能性も。あるいは、玉露というお茶は好きか嫌いかという判断のなかに置くものではないのかもしれません。

いつどのようなときに自分に馴染む可能性があるのか、個々人によって違うと思うのです。

昔から玉露は栽培されていて、それを好んで嗜んできた方々がたくさんいるということは重要な点です。ある種の人にだけ分かる「通なお茶」なのではなく、然るべきシチュエーションが存在する適所の狭いお茶、と考えたほうが健康的な思索に思われます。

そもそもお茶は難しいと感じる方が多い現状。当店にお茶を買いに来てくださる方の多くも同様です。尚更、玉露に対して取っ掛かりのない人がほとんどだというのは頷けることです。

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まずは「高価格=良いもの」という図式を無くすことから始めるのがよさそうです。小さい軽自動車を求める人に、高い車だからという理由でアメリカの「ハマー」を差し上げても、たぶん喜ばれないのと同じで、玉露が喜ばれる場面というものを改めて考えなければならないのでしょう。

とくに現代、油を多様する食生活です。コッテリした食事のあとに玉露が果たして馴染むでしょうか。あの強い旨味と独特の香りを好意的に受け止められる状況とはいったいどういうものでしょうか。

合わせて考えたいのは、昔の玉露と今の玉露は栽培面からして似て非なるものである可能性があること。品種のこと。肥料のこと。「旨味」という大きな特徴が過剰に増幅された栽培になってしまっているのではないかと私は少し感じています。⑫のコメントはそれを現すものではないでしょうか。

玉露というお茶は味わいが独特であり、淹れるにも手間と時間がかかります。つまり飲む方は自分に焦点をあてるのではなく、玉露に自らを同調させようとする柔らかい姿勢をとることができるかどうかを問われているように思われます。

玉露はあくまでも玉露の都合のとおりにしてやらねばならない。そういう「面倒な」お茶であるということ。このことは、2022年を生きる人間にとっては示唆に富んでいるように思えてなりません。

相手を聴くこと。たとえ共感できない場合であっても、理解はできること。そうして世界の境界線を押し広げたり、目の前の小さな物事を見るときの解像度を上げたりできるのかもしれません。

それを教えてくれる精神性のあるお茶が玉露なのだとすると…なんだかおもしろくありませんか?


長くなりましたが、販売者として私の仕事は、

・高級品であることはいったん脇に置くこと

・そもそも日本茶の全体像のなかでどのような位置にあるのか説明すること

・玉露が活躍する場面を一緒に探すこと

・身体に負担をかけない玉露を探すこと(福井さんの「杠葉尾」はそういうお茶です)

これらを通じて、最終的には栽培されている現場へ気持ちを馳せてもらえたらいいなと、今は考えています。

2022/10/03

特別なことをしているとは思わない / 福井肇さん(滋賀県 東近江市 杠葉尾町)

 


この記事は、先入観を疑う / 玉露仕入れの前日譚 の続きです

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2022年10月2日、長引く残暑。鈴鹿山脈のふもとに位置する奥永源寺を再び訪ねた。もうこの地域に来るのはいったい何度目なのか分からない。政所町の山形さん、箕川町の川嶋さん、君ヶ畑町の小椋さん…段々とご縁の広がるなか、更にお茶の縁が豊かにふくらむ機会を得た。

向かったのは、室町時代より続く「政所茶」(まんどころちゃ)ブランドを生産する7集落のひとつ、杠葉尾(ゆずりお)だ。そこで百姓として生活をする福井家の皆さんを訪った。

この日までに奥様の玲子さんやお母様のたか子さんと電話でお話していたから、始めてという気がしない。それでも爽やかで青々しい気分に満ちていたのは、この杠葉尾という地域が、政所や箕川、そして君ヶ畑という比較的狭い谷間にある地域とは違って、愛知川沿いに広く開き日光もさんさんと注ぐ場所だったからかもしれない。

到着すると、玲子さんが出迎えてくださった。まもなく刈り取られる餅米の揺れる田んぼを通り過ぎ、ご自宅のログハウスへ。家具を含め、地元の材木を地元の大工さんたちが使って20年余り前に建てたものだという。隣では茅葺きの家が丁寧な修繕を経て健在であり、琵琶湖のヨシを使った屋根とのこと。

こうしたことから、福井家の人々がどのような価値観のもと生活を営んでいるのかが、言葉にせずともじんわりと伝わってくる。

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肇さんが農作業からお戻りになった。ご挨拶した瞬間、まっすぐ飛び込んできた澄み渡る眼差し。目の光の明るさ。なんという嘘のない目だ!頭の中に「ラブストーリーは突然に」のイントロが鳴り響く(エコーつき)。

肇さんは過去と一直線上に繋がっている今を生きていて、未来のやってくることを明るく受け止めようとしている人だ。過去に対する重責感や義務感も、現状への不満も、未来への不安もない。やりたいことはたくさんある。この土地での生を楽しく謳歌している朗らかな少年のようなお人柄なのだった。

「だって、それが一番ええやろ?」とは仰らないけれど、それがお話の端々から伝わる。「少子高齢化のなかでも伝統を絶やさないように…」とか、そういうやや重た目の表現が聞こえてこないのは爽やかだ。それでいて肇さんが自然体のままに行っているのは、この地域で長い間営まれてきた生活と農業に工夫しながら従うこと、そのものだった。

初対面の方には、たいてい何気なく「何代目にあたられるのですか」等という基礎情報(?)のようなものを得ようと質問をしてしまうことが多い。でも肇さんはそれに対して、「わからないな。あんまり考えたこともないなあ」と答えた。

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福井家では、煎茶と玉露、それに平番茶をつくっている。茶畑は点在しており、この日はそのほとんどをご案内下さった。

ご夫妻は家の農作業を手伝いながら、ともに学校教員として務めてこられた。定年退職のあと本格的に農業に従事するようになり、現在は餅米、コシヒカリ、お茶だけではなく、タラを栽培したりとまさしくお百姓さんである。

「このあたりでは米がとれるので、その分早くからお茶の離農が始まりました」と肇さん。そのなかでも福井家は踏ん張ってお茶を辞めることなく、それどころか今では茶畑を借り受けてかわりに耕作し、活躍の幅を広げておられる。実は箕川町にお住まいの川嶋いささんが遠戚にあたるということもあって、いささんが今年でお辞めになった黄和田町の茶畑管理を行うことにもなっているのだ。黄和田は杠葉尾と隣り合っている。



ここが玉露用の茶葉を栽培している畑のひとつで、今回当店ではここで手摘みされたお茶をお預かりすることになった。一切の農薬を使っておらず、畑に投入するのは、落ち葉、ススキ、発酵油かす、そして炒った米ぬか。お茶は在来種。

鉄柱が立っていること、そしてススキが地面に敷き詰められていることにお気づきいただけると思う。それぞれ具体的にご説明します。



鉄柱が茶畑に立っているのは、茶の収穫時期の少し前から畑全体を菰(こも)で覆って遮光するためだ。遮光することが玉露の栽培には必要不可欠なのはご存知である方も多いかもしれない。

お茶は前のシーズンから溜め込んだ養分をいっせいに使ってその年最初の芽を開き更に枝葉を伸ばしていく。遮光することで旨味成分のテアニンが他の物質へと代謝される反応が鈍り、特徴的な旨味が茶葉に残る。また茶葉は薄く葉緑素が多くなり、葉の柔らかさと濃い緑色のもとにもなっている。

現在一般的には遮光するための資材として化学繊維が使われるけれども、政所茶において現在も玉露を栽培する少ない農家のなかでは菰が主流だ。自作の餅米を収穫したあと、その藁を地道に編んで菰ができる。上の写真は菰を保管している倉庫の様子だ。

菰を編むのは長老たちだ。岡田トシ子さんが中心となり、たか子さんも加わって根気のいる作業にあたっておられる。岡田さんはかつて西陣織に従事していたことがあるというが、持ち前の器用さと根気でもってしても、僅かづつしか作ることはできないという。菰は一年に一度、20日余りしか使うことがないために7年ほどは使える、と肇さん。

市販製品に頼らないという点はもちろんのこと、家に田んぼがあり、藁を編める人がおり、それを茶の栽培で無駄なく活用するということ。今ふうに言えば SDGsという言葉があてはまるのかもしれないけれど、このあたりの人々は、当たり前のようにして環境とともに歩んできたことが伺い知れる。人間は環境の外側に居てそれを利用するのではなく、自身も環境の一部なのだ。



土地にあるものを活用するのは菰だけではない。すすきや山の落ち葉を畑に敷くのもポイントだ。

肇さんは地域内に5箇所ほどの茅場(かやば)を管理しており、ここでススキを刈り取って畑に敷く。これが天然のマルチとなって、草を抑えて冬季の寒さや乾きからお茶を守り、最後にはそのまま朽ちて土に還るというから非の打ち所がない。奥永源寺では他の生産者も同様にススキを使っている。

こうしたひとつひとつのことが、大変な手間であるように思われるかもしれない。確かにそうかもしれないけれど、肇さんはあっけらかんとして、こう言う。「普通にやってるだけですよ。これしか知らんし、特別なことをしているとは思わない。大変とか面倒とか、そういう風にも思わないです。好きなんです」

他のいろいろな茶農家たちのスタイルを見たあとで政所茶の茶栽培を目の当たりにすると、たいていの人は「こんなに手間のかかることを、よくぞ」と思うに違いない。僕はお茶屋だから、その大変さ、手の掛け方を神格化して語りたくもなるというものだが、実際に現地で作業にあたっている人の言葉は淡々として、なおかつ明るい。

そこに販売者としてハッとする瞬間がある。つまり他のお茶との序列で語るべきではないのだ。政所茶を「上げる」ことは、安易に「他を下げる」ことに繋がりかねないし、それは望まない。なぜならどこの茶農家も、自然環境、働き方、生活、すべてがその人独特のものであり、当方はそれらをほとんど享受しているに過ぎない。販売者は、特定の生産者に無闇に肩入れすることがあってはならないのだ。(問屋さんが存在する大きな理由のひとつだと思う)

見たものをそのままに見せ、聞いたことをそのままに語るのは意外とむつかしい。見たいものだけ見て、聞きたいことだけ聞くのはありがちな話だ。人様の物語を飾りにして商売をしてはならない。

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軽トラックで移動する間も、あたりで作業に従事している人々に細やかに肇さんは声をかけてまわる。手早く、かつ温かい会話が生まれていて、信頼関係があることが本当によくわかる。さわやかな風が吹くようだ。これも商品としてのお茶の、見えない構成要素。

お昼をいただくことになった。食後もしばらく談笑したあと、肇さんは次の約束があるために席を立ち、さっと出かけていった。今まで奥永源寺で出会ったベテランたちは、別れ際になんとなく後ろ髪を引かれる感情を残したけれど、この日は違った。

まだまだ初対面。爽やかな肇さんと次にお会いするときにはどんなお話ができるだろうか。重苦しい印象だった玉露に対する印象をがらりと変えてくれたのは、やっぱり人なのだった。

あの目に宿った光を僕はまた少し分けてもらいたくて、杠葉尾へ行くだろう。訪ねたい家がまた増えて、嬉しい。

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玉露「杠葉尾」近日販売開始

 滋賀県東近江市杠葉尾町

 福井たか子さん 肇さん 玲子さん、そして地域の皆さんの共作

 無農薬 有機栽培 / 餅米藁の菰掛け栽培 / 手摘み / 在来種

2022/10/02

先入観を疑う / 玉露仕入れの前日譚


店に立っていると、「甘いお茶はないですか」と頻繁に尋ねられる。経験的に、その「甘い」は「旨味のある」という意味であることがほとんどだ。

それに対し、僕は「低い温度で淹れれば、アミノ酸由来の旨味を感じやすいように引き出すことは出来ます。ただ、ここに並べてあるお茶で旨味重視のお茶はありません」というようにいつも答えている。

僕は旨味の強いお茶、なかでも玉露が、ずっと苦手だった。

話は7年か8年前に遡る。お茶とは無縁の事務職員として仕事をしていた頃。あるとき、祖父の故郷である徳島の山里で作られた煎茶を飲み、その生産者と会う機会があった。これがきっかけで、日本茶とその生産者に興味を持ち、京都のお茶屋さんを何軒か訪ねて回ることから探求を始めた。

行く先々で「これは玉露。最高級のお茶です」「上級の煎茶です」といって販売員さんが丁寧にお茶を淹れてくださった。小さい器にほんの少量だけ、澄んだ液体が注いである。正直に書くと、僕はそれらを美味しいと思うことがほとんどなかった。即席出汁みたいな浮ついた旨味が強烈で、胸焼けを起こすのだった。

どうしてお爺ちゃんの里のお茶(とても安い)はおいしいのに、こんなに高級なお茶の味を理解できないのだろう。自分はお茶に向いていないのだろうか。そもそも高級とは何か。これが分からないのでは始まらないではないか。そんな内心を抱えながらも、様々な案内書やインターネット上の記事で紹介されているお茶を片っ端から取り寄せ、記録し続けた。玉露や高い煎茶はやはり口に合わず、段々と敬遠するようになった。

そうして熊本の船本さんの釜炒り茶や、日野の満田さんの在来煎茶、奈良の羽間さんの番茶などと出会った。こうしたお茶は熱湯で淹れられて香りよく、おいしかった。そして生産者の思想がはっきりと仕上がりに反映されることが徐々に分かり、飲んで、聞きに行く楽しみはますます大きくなった。

でも結局、旨味の強いお茶をうまく掴めないまま、僕は2017年に税務署に届け出を出して起業。

時が過ぎ、2020年の夏のこと。日野の満田さんのところに1ヶ月滞在して仕事をご一緒していたある日、いくつかのお茶のテイスティングをしている満田さんが「どれが一番美味しいと思う」と僕に訊いた。僕が「これです」と指差したのは、旨味が比較的強い「かぶせ茶」で、満田さんは驚きながらも笑ってこう言った。

「これ、岡村君の好みとは違うお茶やと思うけど」そう言ってから満田さんは少し間を置き、考え、納得したような顔をして続けた。「でも、茶はヤッパリ気持ちやな。この茶を作った人は、思いをこめていいものを作った。それね、岡村君が感じたということなんやわ。茶の種類には関係なく、そういうことがあるんよ」

そのときの満田さんは、そのかぶせ茶の生産者の人柄、お茶との向き合い方に気持ちを巡らせ、しみじみとしているように見えた。

このテイスティングは、それまでの自分の思い込みを覆す経験となって、尾をひいた。旨味を強く感じるお茶でも美味しいと思うことがあるのだ。それだけでも僕には衝撃的な出来事だった。

それから2年経って、今年の初夏。君ヶ畑の小椋さんのところで煎茶を仕入れたあと、政所の山形さんの家に寄ってお茶をよばれていたとき。山形さんはご自身の平番茶や煎茶を淹れてくれたあと、「玉露、飲む?」と僕に訊いた。

ものは試し!満田家での出来事があったし、僕はちょっと身構えて、飲みたいと答えた。

「これは政所のじゃなくて、杠葉尾(ゆずりお)の在来」

※「政所茶」は、このお茶を生産する7集落のうち政所の名を冠したもの。広義の「政所」は銘柄であり、狭義のそれは町名だ。杠葉尾はいわゆる政所茶を生産する土地のひとつ。

そうしてゆっくり時間をかけて淹れてくれた玉露は、素直においしいなと感じるお茶だった。「これおいしいな。きつくないし、素朴やな」横に座っていた妻にそう声をかけると、妻も「うん」と言った。

玉露が苦手という先入観は、この日、長い年月をかけた末に完璧に砕けてしまった。エキサイティングな体験に心踊り、先入観が道を塞いでしまうことがあるのだとはっきり理解した。

お茶に興味を持った当初、てんでダメだった玉露と、いま目の前にある玉露は何が違うのか。茶種だけで判別できない根本的な違いがきっとあるはず。満田さんはそれを「人や」と表現する。

山形さんとおいしい玉露のおかげで、「見たい、聞きたい」の気持ちは久しぶりに水を得た。またひとつ世界の境界線をぐぐっと広げられるチャンスが巡ってきたのかもしれない。このわくわく、損得関係なく動くべきときのもの!

それからしばらくして、杠葉尾町の福井さんのもとをお訪ねすることが叶った。どういう風にお茶と向き合っておられるのだろうか。

2022年10月2日、夏みたいな陽気の杠葉尾リポートに続く。

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写真 / 川嶋いささんの畑に茶の花が.