2022/10/02

先入観を疑う / 玉露仕入れの前日譚


店に立っていると、「甘いお茶はないですか」と頻繁に尋ねられる。経験的に、その「甘い」は「旨味のある」という意味であることがほとんどだ。

それに対し、僕は「低い温度で淹れれば、アミノ酸由来の旨味を感じやすいように引き出すことは出来ます。ただ、ここに並べてあるお茶で旨味重視のお茶はありません」というようにいつも答えている。

僕は旨味の強いお茶、なかでも玉露が、ずっと苦手だった。

話は7年か8年前に遡る。お茶とは無縁の事務職員として仕事をしていた頃。あるとき、祖父の故郷である徳島の山里で作られた煎茶を飲み、その生産者と会う機会があった。これがきっかけで、日本茶とその生産者に興味を持ち、京都のお茶屋さんを何軒か訪ねて回ることから探求を始めた。

行く先々で「これは玉露。最高級のお茶です」「上級の煎茶です」といって販売員さんが丁寧にお茶を淹れてくださった。小さい器にほんの少量だけ、澄んだ液体が注いである。正直に書くと、僕はそれらを美味しいと思うことがほとんどなかった。即席出汁みたいな浮ついた旨味が強烈で、胸焼けを起こすのだった。

どうしてお爺ちゃんの里のお茶(とても安い)はおいしいのに、こんなに高級なお茶の味を理解できないのだろう。自分はお茶に向いていないのだろうか。そもそも高級とは何か。これが分からないのでは始まらないではないか。そんな内心を抱えながらも、様々な案内書やインターネット上の記事で紹介されているお茶を片っ端から取り寄せ、記録し続けた。玉露や高い煎茶はやはり口に合わず、段々と敬遠するようになった。

そうして熊本の船本さんの釜炒り茶や、日野の満田さんの在来煎茶、奈良の羽間さんの番茶などと出会った。こうしたお茶は熱湯で淹れられて香りよく、おいしかった。そして生産者の思想がはっきりと仕上がりに反映されることが徐々に分かり、飲んで、聞きに行く楽しみはますます大きくなった。

でも結局、旨味の強いお茶をうまく掴めないまま、僕は2017年に税務署に届け出を出して起業。

時が過ぎ、2020年の夏のこと。日野の満田さんのところに1ヶ月滞在して仕事をご一緒していたある日、いくつかのお茶のテイスティングをしている満田さんが「どれが一番美味しいと思う」と僕に訊いた。僕が「これです」と指差したのは、旨味が比較的強い「かぶせ茶」で、満田さんは驚きながらも笑ってこう言った。

「これ、岡村君の好みとは違うお茶やと思うけど」そう言ってから満田さんは少し間を置き、考え、納得したような顔をして続けた。「でも、茶はヤッパリ気持ちやな。この茶を作った人は、思いをこめていいものを作った。それね、岡村君が感じたということなんやわ。茶の種類には関係なく、そういうことがあるんよ」

そのときの満田さんは、そのかぶせ茶の生産者の人柄、お茶との向き合い方に気持ちを巡らせ、しみじみとしているように見えた。

このテイスティングは、それまでの自分の思い込みを覆す経験となって、尾をひいた。旨味を強く感じるお茶でも美味しいと思うことがあるのだ。それだけでも僕には衝撃的な出来事だった。

それから2年経って、今年の初夏。君ヶ畑の小椋さんのところで煎茶を仕入れたあと、政所の山形さんの家に寄ってお茶をよばれていたとき。山形さんはご自身の平番茶や煎茶を淹れてくれたあと、「玉露、飲む?」と僕に訊いた。

ものは試し!満田家での出来事があったし、僕はちょっと身構えて、飲みたいと答えた。

「これは政所のじゃなくて、杠葉尾(ゆずりお)の在来」

※「政所茶」は、このお茶を生産する7集落のうち政所の名を冠したもの。広義の「政所」は銘柄であり、狭義のそれは町名だ。杠葉尾はいわゆる政所茶を生産する土地のひとつ。

そうしてゆっくり時間をかけて淹れてくれた玉露は、素直においしいなと感じるお茶だった。「これおいしいな。きつくないし、素朴やな」横に座っていた妻にそう声をかけると、妻も「うん」と言った。

玉露が苦手という先入観は、この日、長い年月をかけた末に完璧に砕けてしまった。エキサイティングな体験に心踊り、先入観が道を塞いでしまうことがあるのだとはっきり理解した。

お茶に興味を持った当初、てんでダメだった玉露と、いま目の前にある玉露は何が違うのか。茶種だけで判別できない根本的な違いがきっとあるはず。満田さんはそれを「人や」と表現する。

山形さんとおいしい玉露のおかげで、「見たい、聞きたい」の気持ちは久しぶりに水を得た。またひとつ世界の境界線をぐぐっと広げられるチャンスが巡ってきたのかもしれない。このわくわく、損得関係なく動くべきときのもの!

それからしばらくして、杠葉尾町の福井さんのもとをお訪ねすることが叶った。どういう風にお茶と向き合っておられるのだろうか。

2022年10月2日、夏みたいな陽気の杠葉尾リポートに続く。

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写真 / 川嶋いささんの畑に茶の花が.

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