2024/02/16

月ヶ瀬 / 木には木を還す


その人のお茶は突き抜けて健やかで、飲むほどに気持ちよさをもたらしてくれる。そのうえ奈良市という大して離れていないところで生活しておられる。それなのに会っていなかった農家がいる。

広い奈良市のなかでも大和高原を東へずっと向かった山中、月ヶ瀬(つきがせ)と呼ばれる地域に、その農家・岩田文明さんはご家族と暮らしている。

彼をある著書で知った際の存在感は巨大で、農業と環境に対する哲学、探究心、そしてそれらを説明する言葉の整然とした様子は圧倒的だった。こういう人に自分は会う資格があるのかと勝手に遠慮をしていた。もっと言えば、凄い人に打ちのめされて自分がちっちゃくなってしまうことが怖かったのだと思う。自分の勉強不足を嫌というほどに思い知らされるような体験を避けていたのだ。いま思えば、自ら井の中の蛙となるべく井に望んで飛び込み、梯子を上から撤去してもらって喜ぶようなもので、何とも勿体なくおろかなことだ。

今年に入ってから何度か岩田さんのお茶を取り寄せて改めて飲んだ。煎茶と紅茶をいくつか。そのどれもが異なる茶種、品種、栽培、製茶を経ているにもかかわらず、一貫して同じように気持ちのいい飲み心地である。香りがよく伸びやかで、いくら飲んでも胸焼けがなく、理屈抜きについつい手が伸びてしまうお茶だ。

ふっと力が抜けて、一気に農園宛にメールを書いた。会ってもらえませんか。お話がしたいです。お茶をうちに迎えたいです。

ほどなくしてスタッフのDさん(知人)から返信があり、昨日2月15日、岩田さんの存在を知ってから6年か7年の歳月を経てようやく月ヶ瀬へ車を走らせた。

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玄関先で出迎えてくださった岩田さんは、僕が勝手に想像していた印象とは真反対のお人柄であった。明るく雄弁に、農業とともにある地域の未来、そしてお客さんとの関わりを通じて社会に届けるメッセージについて、本当に一所懸命に話してくださる。僕の目を見て、ご自身で自分の言う事にひとつひとつ納得していくかのような相槌を打ち、言葉をそこかしこに丁寧に置いていくようなお話ぶり。それが終始変わることがないのだった。

何かを否定することによってではなく、それが楽しくわくわくできるからその道筋を選んでいるのだということが、はじめの30分も経たないうちによく実感された。あんなに楽しそうに農業をやっている人もいるのだと僕は嬉しくなり、それを伝えると周りにおられたスタッフさんやご家族は「あはは。いつも楽しそうだからね」と笑った。

この日、およそ30箇所もある圃場のうちいくつかをご案内くださった。それぞれに、おそらく地図にも載っていないであろう地域の人たちだけで呼び慣わしてきたような名前がついている。キトロデ。ハチドダ。シヲダニ。ゲンダラ。こういう呼称を聞いただけでも嬉しくてくらくらしてくる。こうした短い言葉たちに、人と自然が分かち合うものが今よりも数段多かった時代の空気を感じるのは僕だけではないと思う。

岩田さんはご両親の代で無農薬有機栽培に転換を済ませている。そのころは「環境に悪いものを使わないことが大切だ」と思っていたという。しかし岩田さんは約20年前に農業を引き継いでからはその否定的な捉え方に疑問を抱くようになった。より肯定的に捉え、「植物が本来の力で育つ環境をつくることが大事です」と語る。前者と後者を見比べれば、様々な場面に応用して考えてみたくなる人は多いかもしれない。たとえば日々の食事とか、子育てとか。

「何が良くて何が悪いかということではなく、そのどちらにも果たすべき役割があると思います」と岩田さんは言う。その脳裏には、「『茶山』に行く」という表現によって祖母が言い表した戦後すぐの時代の農業と、「『茶畑』に行く」と表した両親の時代の農業に対する見方がある。岩田さんの茶業において、茶山とは地形に沿った山に茶樹を植えた茶園であり、人為的に造成していないところを指す。茶畑とは区画造成した畑に茶樹を植えた茶園である。この両者とその中間、3つの域を設定した茶業を岩田さんは営む。

いずれにも農薬を施すことはなく、茶山では肥料も与えない。かわりにススキなど枯れた草木を冬季に敷き詰め、それが時間をかけて分解され土に還ることで、窒素分ではなく主に炭素を補う。こうした場所はより自然のリズムに近しい茶樹の成長に任せ、「ゆっくり、小さくお茶を育て、そして少ない量を摘む」。一見すれば経済的合理性とは相容れないようでいて、しかし「今・自分・お金」に向かって遮二無二突き進んできた人間がいま直面している無数の社会・環境問題のことを思えば、負荷の小ささやその圃場ごとの元々の地理を尊重して永続性を意識した岩田さんのスタイルは、むしろ合理性の最前線にあるように思える。「昔からこのあたりでは、木には木を還す、といいます」と岩田さん。

茶畑では植物性有機肥料も使用するがやはり枯れ草を主体とし、こちらは経済性をある程度は意識した営農を行いながらも、画一的にどの圃場も同じような管理をするのではなく、条件に応じ月ヶ瀬という環境に逆らわない栽培管理を行っている。

こうした区分だけではなく、岩田さんは地質を大きく3つに分けてその特性を見極めようと比較検討を続けておられる。領家帯と呼ばれる1~2億年前の地質(火成岩)と、古琵琶湖層という500-600万年前の地質(水成岩)で、後者は古琵琶湖に流入する川があったエリアと、古琵琶湖が誕生したとされるエリアに分かれている。

植える茶は、各品種茶、そして来歴のわからない在来種、加えて親が品種茶である「**実生」を組み合わせている(たとえばやぶきたが種子親なら「やぶきた実生」と呼んでいる)。

このように細分化された条件をすべてデータとして一覧に落とし込む管理まで徹底されており、岩田さんは「いろいろな角度からお茶を紹介したほうがいいでしょう」と仰る。商業的な動機が全くないとは言わなくとも、そもそも岩田さんご自身が徹底的に突き詰める気質であり、何よりお茶のことを本当に好きでいらっしゃるからこその取り組みであると、どの話を伺っても納得がいくのだった。

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岩田さんは「キトロデ」の茶山に立ち、道を挟んだ広大な造成茶園(岩田家のものではない)を臨み、展望を惜しげもなく語ってくださった。風土を継承しつつ、栽培と製茶技術にしっかりと裏打ちされたおいしいお茶のできる茶業を、永続性を意識しながら続けておられる。茶山と実生茶の関係、火入れのない煎茶や萎凋管理に並々ならぬ工夫をこらす紅茶づくりについてなど、ここでひとつひとつを書くにはあまりにも誌面が不足しており細かくは紹介することが叶わない。

そこで当店は、岩田さんのお茶については言葉に頼らず、皆さんの素直な直感を信じて紹介したい。これから岩田さんのお茶をお迎えし皆さんに紹介する段取りが整ったら、その清涼さを理屈ぬきに納得していただけることを確信しています。

今回岩田さんとのお話をつうじて痛感したのは、「お茶は生活必需品ではなく、たとえ無くても死ぬことはない」という考えをアップデートしなければならないということ。岩田さんの思想は、私達がいくつも抱えている大小の問題を見つめ対処・順応していくための有益な足がかりになるものだし、お茶という形でこそ楽しい形で可能になる。

お茶は水や米のような生活必需品ではなく、たとえ無くても死ぬことはない。

でも、確固たる思想のもとでつくられたお茶にふれることで、私たちは未来に責を負う者として自ら考えるきっかけを得、善く生きる道筋を見つけることができるようになる。

楽しく働く人を見て、僕ももっと楽しさを、と思うばかりの月ヶ瀬訪問。

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