2021/09/13

ひとつひとつのことに意味がある / 満田久樹さん / 滋賀県 日野町 西大路

 


生産者の話

満田久樹さん(滋賀県 日野町 西大路)

すでにおなじみの方もたくさんいらっしゃいますが、開店以来、新たに当店のことを知ってくださった方々にむけて満田さんのことをご紹介します。

彼から当店に預けてもらっているお茶は21年の夏現在で5種類あり、「日野荒茶」「日野焙じ茶」「煎茶ティーバッグ」「粉末緑茶」「粉末焙じ茶」です。特に「荒茶」「焙じ茶」は、看板商品としてラインナップ中で最も多い量を扱っています。

※この記事は、2020年8月に作成した生産者紹介リーフレットの文章をアップデートしたものです。

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満田久樹(みつだひさき)さん。彼のことを飯田辰彦氏の著書「日本茶の発生」で知ることがなかったら、当店の日本茶ラインナップのベースとなる考え方は生まれませんでした。

彼が三代目社長である満田製茶は、初代が営んでいた陶器販売業が前身です。時流を読み、すでに培っていた商いのノウハウをもとにしていたとはいえ、まさに畑違いである茶業へと家業を転換しました。牛に土を耕させ、その後ろから茶の種を蒔くところから始まりました。今日も現役である父の武久さん(二代目)は、小学生のときにその光景を見たと回想します。

満田製茶は自園自製の茶農家としてのみならず、製茶問屋としての顔もあります。他の生産者のお茶を仕入れて販売したり、お茶の仕上げ加工を請け負って生産者や小売店に返したり。栽培、製造、流通、販売のどの段階にも携わっているから、畑から湯呑みの一杯までを熟知しています。

素朴な昔ながらのお茶が好きと語る久樹さんは、市場で評価されるお茶とは異なるお茶を作り続けています。例えばその煎茶は色味が暗く、細かく針のようには揉んでいないから大ぶりで、繊細な見た目とは言えません。派手な味わいはしませんが滋味深く、そしてスイスイと飲めるのが何よりの特徴です。これこそ日々生活に添う常茶(じょうちゃ)といえるでしょう。緑茶がだめだという子どもたちのなかに、満田家のお茶ならばおいしいといってよく飲んでくれる子が今までに何人もいました。これ以上の評価はありません。



久樹さんのつくる茶には流行への傾倒がなく、一筋に自分がよいと思うものを追い続けています。その一方で世間では、最新情報が一秒ごとに更新されて常に新しいこと、変化することがあたりまえです。ちょっと疲れるなと感じる場面も多々。だから、久樹さんがいまお茶と向き合う姿勢とそのお茶の実直さは、私達にとって立ち止まることの大切さや、たやすく変わろうとしない生き方の稀有なことを静かに伝えようとしています。



お茶は人を表すと久樹さんは言います。「茶ぁを見たら、『ああ、こういう人なんやろな』て、ほんまによう分かるようになってきたな」。

久樹さんが数年の会社勤めを経てから実家に戻り、三代目として働くようになってから間もなく三〇年。周囲に迷惑をかけたくないという思いから農薬を使わず、さらにコストの余計にかかる有機肥料だけを使って茶畑を守ってきました。それはいかに聞こえがよくても、専ら草を引き続けるという地道な労働の連続でした。当初は無農薬栽培に関心を抱く人は多くなく、近年になってからようやく価値を見出す人と出会うようになったと久樹さんは語ります。それまでは「自分がそれを飲みたいから」という気持ちを頼りに、顧みられない農作業に明け暮れてきたのです。「無農薬なんか、やるもんやないねん。人にはすすめられへん」という彼の言葉は聴き逃がせない重みをもって迫ります。(近年では過去に発生しなかった種類の草も茶園に増え始めており、非常に難儀しながら作業にあたっておられます)

自園のお茶は、多くが品種改良を経ていない在来種。日本国内に流通する在来種は全体の一%程度しかなく、現在の市場価値とは折り合わない側面が多いなど様々な事情から敬遠され、品種茶に植え替えられてきました。経営面からも品種茶に劣ると分かっていた武久さんは、久樹さんが継ぐとき、品種茶に植え替えることを提案します。しかし久樹さんはそれをよしとせず、在来種を残すことを決めました。それはひとえに、彼の体には種から育つ在来のお茶が合っていたからだと言います。

※もちろん、在来種が絶対的に品種茶に勝るわけではありません。

当店の看板商品は久樹さんの「日野荒茶」。このお茶は、通常よりも仕上げの選別や切断工程をあえて限定的に留めておくことで、大きな葉や茎なども残して仕上げているものです。理由は、そのほうが素朴な野性味があり、かえって調和もとれていると私は考えるからです。


2020年の夏、私は1ヶ月を日野で過ごし、久樹さんの仕事を間近で拝見しながら一緒に働く機会を得ました。無駄なことを何一つやらない彼の一挙手一投足。私の横着さに対し「ひとつひとつのことに意味がある」と、ときに叱ってくださったことは一生の糧として私の心に根を張っています。

その期間にはどのようなことでも隠さず、茶商と生産農家としての素顔を見せ、厳しい現実について打ち明けてくださいました。そんな久樹さんですが、私が起業する直前まで「あかん。やめとき。勤めてるほうがええ」と何度も言い続けた方です。しかし私が、曲がりなりにも本当にお茶屋をはじめてしまったものだから、以来ずっと気にかけてくださり、取引先以上の関係性のなかでお付き合いしてきました。

そのお気持ちには、きちんとしたお茶をまじめに伝え続けることで報いたいと思っています。

 「ここ何年かでやっとな、仕事のことが分かっておもしろくなってきた」という彼の生き様を、これからも一緒に走り続けながら伝えます。

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満田製茶のお茶

日野荒茶(在来種)120g / 980円

日野焙じ茶(在来種)100g / 980円

煎茶ティーバッグ 10包(在来種)/ 750円

粉末緑茶(やぶきた種)50g / 1,000円

粉末焙じ茶(在来種)50g / 850円

※いずれも無農薬有機栽培

※内容量と価格は2021年夏現在

2021/09/04

葛藤とともに歩む / 小﨑 孝一さん / 熊本県 山都町 倉津和地区

 


生産者の話

小﨑 孝一さん(熊本県 山都町 倉津和)

販売開始以来、たいへん好評。「倉津和釜炒り茶」の生産者である小﨑さんのことをご紹介しましょう。この記事は2020年12月にご自宅を訪問して伺ったお話を起こしたものです。


小﨑家と地域の茶業

小﨑さんは、熊本県の山都町にある「菅尾共同製茶工場」の工場長を務めています。菅尾地域の生まれ育ちですが、一時期は大阪の堺で中学校の教員を務めていたこともある経歴の持ち主。彼の話しぶりは論理的で淀みなく明瞭。聴き入ってしまう魅力があります。

小﨑家が茶業に乗り出したのは戦後。お父様が地域の営農指導をしていたこともあり、その知識を生かして自宅に茶樹を植えたのがはじまりです。

この地域ではお茶づくりといえば昔から釜炒り製。現在全国的に主流の蒸し製煎茶は、蒸気で茶葉の酸化酵素を失活させ酸化発酵を止めるもの。一方の釜炒り製は鉄釜の熱により「蒸し炒り」のような環境をつくり酵素反応を止める手法で、煎茶以前から存在します。釜炒り製は、加藤清正が朝鮮半島から職人を連れてきて製造させたことが原点だと一説にも言うように、もともと国内にあった作り方ではなく、大陸から輸入されたものです。

小﨑家のお茶は、ほど近い矢部地区の茶商や学校、そして生協などと多くの取引がありました。しかし時代の流れとともに取引量は減少。その間にペットボトルのお茶も台頭しました。さらには、釜炒り茶の名手だと地元でも名高かったF家が蒸し製煎茶に転換したことは決定打でした。菅尾製茶工場でも「これからは新しいこと、今までとは違うものをつくろう」という気運が高まります。工場にふたつあった釜炒り茶の製造ラインのうちひとつが煎茶用に作り変えられたのは平成10年のこと。

この地域は伝統的に釜炒り茶の生産地。小﨑さんが昔ながらの釜炒り製を維持しつつも煎茶づくりに着手したことは、資本主義的な潮流に抗うことの難しさを感じさせる出来事だと感じられます。そのような私の一方的な思いとは裏腹に、小﨑さんは「新しいことをするのはおもしろいし、蒸しにすることで苦はなかったですよ」と言います。このような生産者の気持ちの機微は、「釜炒りが減っている」という全体の流れを見るだけでは知ることができません。これを知っただけでも価値のある訪問だったと感じます。

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余談… 九州といえば、「グリ茶」をご存知の方もいると思います。蒸し製玉緑茶とも呼ばれるグリ茶は、煎茶の製造工程のうちピンと伸びた直線を生み出す「精揉」という工程をあえて省いたお茶で、見かけ上は釜炒り製のような勾玉状。菅尾は、蒸し製のお茶づくりを始めた当初からグリ茶ではなく、精揉工程を経る煎茶を製造しました。近隣の花上地区でもすでに煎茶を製造していたため、これにならってグリ茶は作らないことにしたそうです。


よい釜炒り茶とは

現在、小﨑家の製造量は煎茶が釜炒り茶を上回ります。しかし私に淹れてくださったのは、釜炒りのお茶。それについて小﨑さんは特に説明をしませんでしたが、彼の本心はその1杯に現れているように感じられてなりませんでした。

小﨑さんは、釜炒り茶には品種茶ではなく在来種が向いているといいます。在来種はひとつひとつのお茶の遺伝形質が違い、自然なブレンドを経て多層的な味わいを持ち、またサラっとした飲みやすさもあります。(小﨑さんの茶園には在来種がないので、当店では「やぶきた」を使用したものをお預かりしています)

家が茶業を始めた当初は自園の茶葉量が少なく、よそから生葉を買って製造することもありました。こうした茶葉のなかには、ほぼ手入れされていない畑のものがあり、肥料を使わず、葉も青々とした緑というよりは黄色をしていました。一見して貧弱かと思えるそのようなお茶のなかに、とびきり香りがよく美味しいものがあったと小崎さんは回想します。

「肥料を入れると香りを無くすんじゃないかと思います」と彼が語ったことに私は驚きました。今でこそ、肥料由来の強すぎる「旨味」ではなく、香り本位のお茶作りに挑戦する生産者は多くいますが、小崎さんのように早くからこのようなことに気がついていた感覚の持ち主は類稀なのではないでしょうか。あるいは、昔はそんなことは当たり前だったのかもしれません。

小﨑さんは、岩永智子さん(川鶴釜炒り茶の生産者)のお父様である博さん(故人)と親交が深かったようで、博さんのある言葉を回想します。それは、「よか茶を作りたかったら、茶を摘むな」。

生産性重視の栽培から香りのよいお茶はできないという意味で、小﨑さんは「今になってお父さん(博さん)の言葉がよくわかる」と言います。商売としてお茶を作り、市場に流して販売していくためには、ある程度の量はつくらなければならない。そのためには肥料を一定程度使用して茶樹に養分を補給し、年に何度かの摘み取りに耐えられるようにする必要があります。

しかし、近年の審査基準では釜炒り茶でさえも「旨味」や「外観」が重要。昔ながらの外観や香り高さは最重要ではないのです。とはいえ、施肥量が過度になれば香りの発揚を阻害してしまう。※香りやオリジナリティを評価しようとする品評会もあります

おいしいお茶は肥料少なめがいい。しかし市場価格にあわせた生産量で食べていくためには生産性が伴っていなければならず、しかも審査基準もそれに沿ったものになっている。ここに、小﨑さんの葛藤があります。

市場で評価され売れるお茶とは例えば、青々とした水色、冴えた緑の茶葉、そしてこってりとした旨味ののった味わいです。ところが釜炒り茶の伝統的な姿とは、水色は黄色で時にほのかに赤っぽく、茶葉はやや白みがかっており、旨味ではなくさっぱりとした香りをたたえたもの。

あるとき小崎さんは、ごく一部のお茶だけは肥料を与えずに育てて販売しましたが、このお茶は市場で買われるものではありませんでした。

もちろん、肥料が悪者であるという話ではありません。要はバランスで、たとえば日野の満田さんはぜいたくに油かすなどを施肥してお茶にしっかりと味をのせています。もちろん肥料は、味だけでなく収量も左右します。彼は「無施肥はうちの畑には合わへん」と言います。



葛藤とともに歩む

小﨑さんは33歳でお茶づくりをはじめ、今年70歳(2020年現在)になられますので足掛け37年間もお茶をみてこられました。そのなかで、自分がおいしいなと思うお茶と、市場が求めるお茶とのギャップに悩みつつ、今日まで釜炒りのお茶を無くさずに存続してこられました。維持することは容易ならず、ただ感服するばかりです。

彼のお茶は、ある意味で彼の葛藤をそのままに表したかのような味わいを持っています。1煎目では、当店で扱っている釜炒り茶としては強く肥えの効きを感じさせる味わいが表に出ますので、彼が市場価値を意識してお茶を作っていることを否応なしに感じさせます。しかし丁寧な肥培管理を感じさせる無理のないおいしさであり、簡単に言えば「さっぱりと旨いお茶」です。

ところが肥えの雰囲気は2煎目から抜け、突如として釜炒り茶らしい「釜香」が顔を出します。この香りをきちんと感じるためには、最初の炒りだけでなく仕上げに至るまで各工程の丁寧な調整が必須であり、寡黙な小﨑さんの技術が余すところなく生かされています。この釜香はさらに煎を重ねてもなかなか衰えません。



抑揚は少なめに、とつとつとお話をされる小﨑さん。内面的な思いの強さを感じるようなお人柄であり、彼が釜炒りのお茶から無くしたくないと願っている核心部分は、やや控えめにではあってもきちんとそのおいしさのなかに残っています。

釜炒り茶がたどってきた時間の流れを追いながら味わうと、葛藤とともにある彼のお茶はたいへんな人間的魅力があり、ドラマティックであるとすら表現しても差し支えありません。

何気ない一杯に、ひとりの農家のかけがえのない気持ち。直接お会いしてお話を聴かなければ捉えきれなかった彼の気持ちを、これからは皆様にも少しずつ手渡したいと思います。

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倉津和釜炒り茶

小﨑孝一 作 / 熊本県山都町倉津和

釜炒り製緑茶 やぶきた種 無農薬 有機栽培

¥980 / 80g

オンラインストア

https://chaokamura.base.shop/items/39507213

2021/08/12

手摘み煎茶 君ヶ畑 2021 < 小椋武さん 作 >

 


お待たせいたしました。

滋賀県東近江市 君ヶ畑(きみがはた)で代々暮らしておられる、小椋武(おぐら たけし)さんの2021年の煎茶をいよいよご紹介します。

まずは先日お会いしに行ったときのリポートをお届けし、最後にこのお茶の具体的な魅力について詳しくご案内しましょう。

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2021年8月8日(日)

あらかじめ小椋さんには電話をしておき、君ヶ畑へ。新茶の仕上がりから時間が経ってしまいましたが、ようやくお会いする日を調整することができました。(お店の開業で7月いっぱいは本当に忙しくなってしまい、それは良いことではありつつも、産地を訪う時間も無くなってしまっていたのです)

君ヶ畑という場所、まずはぜひとも地図でご覧ください。

https://goo.gl/maps/nSs7R5habURjmpBC7

滋賀と三重の県境にほど近く、山のかなり奥まで登ります。車の離合できない狭い山道をずっと登った先に開けるこの場所は、何度かご紹介しているとおり「政所茶」ブランドを構成する7町のひとつ。しかし小椋さんが大切にしているこの地の名「君ヶ畑」を尊重し、商品にはその名を使いました。

山を登る前に、いつものように道の駅でトイレ休憩を。見知った女性が軒先で物売りをしているなと思えば、小椋さんの奥様でした。売っているのは甘酒です。いつも訪ねるとお土産に持たせてくださる自家製のそれは、ちょっとだけ塩が効いていてこの時期にはばつぐんのおいしさ!

「これから武さんのところに行きます!たまたまトイレに寄ってみれば、お会いできてよかったです」

「はい、もう今日は朝からずっと待ち構えてますよ!行ってあげてください。行楽の車がいつもより多いし、カーブでスピード落とさず曲がってくるから気をつけて。ゆっくりゆっくりね」

政所町、箕川町、蛭谷町…今も昔ながらのお茶づくりが続く家並みが点在する山道を走り抜けます。君ヶ畑に到着し、車を停めて小椋さんのご自宅へ。完璧に掃き清められた玄関と客間、そして仏間は見るだけでも心が洗われるような空間です。

「小椋さーん、こんにちはー!」

居間から出てこられた小椋さん、ジーンズと白いTシャツの爽やかな姿。御年80歳ながらもたくましい体つきの持ち主です。語らずして山のなかで身体を駆使してこられたことがよくわかります。小椋さんのすっと伸びた背筋やちょっとした所作を見る人は、彼が先祖と山をどれほどに尊重して生活してこられたのかを否応なしに感じ取るでしょう。清い精神の持ち主なのだということが、言外に滲み出ています。

小椋さんが大切に仏間へ運んできたのはひとつの古い茶箱です。



ここに今年の手摘み煎茶が納められています。その量、わずか8キログラム。今年は私も手摘みに参加しました。

「まだいっぺんも開けてないんです」

小椋さん、6月に仕上がったこのお茶を今日までたったの一度も飲まず、開封すらせずにずっと保管していてくださったのです。これほどに光栄なことが他にどれくらいあるでしょうか。どのような気持ちで今日を待っていてくださったのだろうかと考えると、万感の思いが心に去来します。

静かに小椋さんが茶箱の蓋を開けると、紙袋に丁寧にくるみ、バンドできっちりと封がされている見慣れた包が現れました。これは日野町の満田さんの仕事(当店ではおなじみの生産者です)。その梱包作業を私は去年の夏に何度か満田さんのところでやったので、よくわかります。

小椋さんは、山を少し降りた政所町にある共同製茶工場で荒茶を製造してもらったのち、仕上げを満田製茶に委託しているのです。

少しだけ詳しく説明しますと、まず小椋さんが摘んだお茶は、香りを引き出す工程をふんだのちに、共同製茶工場で「蒸し・揉み・乾燥」を行っていったん保管できる状態の荒茶となります。

ここから小椋さんは車で1時間ほどのところにいる満田さんのもとへ荒茶を預けに行き、仕上げ作業を委託します。仕上げでは荒茶を選別し、火入れ乾燥を行います。こうしてきちんと袋詰めされた仕上げ茶が小椋さんの手元に帰ってきているのです。

...

「飲みましょう」といっておもむろに湯をわかし茶器を用意する小椋さん。たっぷりと茶葉を急須に入れて、少しだけ冷ました湯で蒸らし、注いでくださいました。

はじめて今年のお茶を一口飲んだ彼は押し黙って、表情を変えることもありません。そのような生産者を前にしたとき、どのような言葉を手繰り寄せ、そのお茶についての評をすべきなのでしょうか。

こちらも黙っていただくべき?それとも、あらん限りのボキャブラリーでもって、感じることをたくさんしゃべるのが好ましいか?

いえいえ、頭で考えてものを言うときではありません。お茶は、その空間を共有できた人との時間を自然といつくしむ気持ちを呼び起こしてくれます。だから「ああ、やっぱり、おいしいな…」くらいしか私は言えませんでした。

お茶屋ならばもっと、それらしい表現をたくさんすべきなのかもしれません。もちろん、ふだんひとりでお茶のサンプルと向き合うときならそうしますが、必ずしもそれが必要でない場面も多々あります。

「おいしい、おいしい…」

「やっぱり、人の言葉が励みですな。お茶じゃないけど、言葉をかけてもらうことは、肥料をもらうかのような気持ちです。わっはっは。…お茶というんは、預かりもんです。工場で人様のお茶を預かって加工するときも。代わりがありません。人様から預かってきちんと仕上げてあげんといかんから。畑やって、ご先祖からの預かりもんです。自分のもんではないんですよ」

「預かりもん」という言葉は、箕川の集落に居る川嶋さんも口にしていました。何が自分のもので、何が預かりものなのか、それを私はこの地域を訪ねるたびに感じます。

8キロあるこのお茶のうち、4キロほどは行き先が決まっており、残りすべてを私が預かることになりました。これもまた預かりものです。お金を出したから所有権が自分に移るなどという、そういう話ではないのです。これはモノとお金の交換ではないのですから。



「また神社に詣りたいのです」と私が言うと「それじゃあ一緒に行きましょう。昼ごはんは食べていってください」と小椋さん。この日、帰省しておられた次男さんに食事の用意をお願いなさり、その間に神社へ行くことに。

歩いてすぐのところにある、大皇器地祖神社(おおきみきぢそじんじゃ)へ向かいます。この神社ほどに清らかな空気の静かに流れているところを私はあまり知りません。この境内を一緒に歩くのは2度目。

その道中で何を小椋さんと話したとか、どういう景色が見られたとか、どれも大切です。でも私の心に深く刻まれるのは小椋さんの参拝の様子、歩くときの背中、そして一緒に歩を進めるときのなんとも言えない嬉しい気持ちです。

ご自宅に戻り、ゆっくり昼食をいただいてからお暇することになりました。奥様がお土産に用意してくださっていた甘酒をたっぷりと、そして軒先でつくっているトマトを山盛りにして。

「大切なお茶を預けてくださってありがとうございます。きちんとお客様に、小椋さんのことを伝えます」

車のところまで父子が見送りに来てくださいました。走り出す車の窓からぎこちない会釈を繰り返す僕に対して、お父さんは深々とした礼を…あんなふうに送り出していただくと恐縮してしまい、動き出した車の中では相応しい反応もできず、ただ「ありがとうございました!また来ます!お元気で!」と大きな声で返すほかありません。

サイドミラーには父子がずっと写っていました。お父さんによく似た次男さんはちょっと後ろに控えて遠慮がち。小椋家の未来についてあれこれここで考えることはしませんが、やがて小さくなる父子が、凹凸ある道で揺れるミラーのなか重なり合って、ひとりのような、ふたりのような姿になっていました。

「自分の代で畑を小さくすることはせず、次に手渡したい」と小椋さんのいつもおっしゃる言葉が頭をよぎります。

...

帰りがけにもう一度道の駅に寄ってみれば、奥様はずっと同じところで売り子さんをやっておられました。

「お茶、いっぱい預かりましたよ!がんばって売りますね!」

「それはありがとうございます。お店のことなんかで大変やと思うけど、頑張りすぎたらあかんよ」

「今は頑張りどきかなと思って、ちょっと無理してる日々ですね。それも楽しいですよ」

「あかんあかん!一升の入れもんには、一升しか入らんのっ。これ持っていき(売り物の赤飯を3つ持たせてくださる)」

「ありがとうございます...!晩ごはんにします!甘酒飲んで帰りたいので1杯お願いできますか?」

「生姜は多い目でええね」

「はい。これ、100円」

「またおいでね。奥さんと子らも連れて」

そうしてだいぶ離れてからも、テーブルから身を乗り出して見送って下さいました。一区切りついて前を向いても、それでもまだ後ろから「気をつけてね!」と手を振っておられる。

爽やかな気持ちで、家路に。

帰り道にはいつも、行くときよりも何かが満ちています。



商品情報

『手摘み煎茶 君ヶ畑 2021』

¥2,980 / 40g

滋賀県 東近江市 君ヶ畑町 小椋武 作

実生在来種  / 無農薬 有機栽培 / 手摘み / 萎凋有

荒茶製造:政所製茶工場(東近江市政所町)

仕上加工:満田製茶 満田久樹(日野町)

このお茶は近年まれな「萎凋」という工程を経ています。茶工場での製造前に、太陽光に短時間あて、さらに何度も撹拌しながら一昼夜を日陰で過ごさせることで、さわやかな香りの発揚を促します。特有の香気はこの工程をふんでいなければ持ち得ず、また温度管理などが適切でなければ爽快な香りにはなりません。

伝統的にこの地域で当たり前に行われていた昔ながらのお茶づくりの息吹を現代にも確かに伝えています。

柑橘の皮やレモングラスにも通ずる香りを存分に楽しむには、100℃の熱湯を使い、10秒程度の極めて短時間の抽出を繰り返すことをおすすめします。4煎目ごろ以後は徐々に蒸らす時間を長くとることで、少なくとも6煎は淹れられます。

湯冷ましした湯でじっくり淹れると、香りだけでなく厚みあるどっしりした味わいを一緒に楽しめます。温度はお好みで調整してください。

萎凋だけが特徴ではありません。特筆すべきは、なかなか衰えない特有の静かな滋味です。全体を下支えし、飲み疲れのない素朴な飲みごたえには、在来種特有の深みが存分に発揮されています。近年まれになった「萎凋」をするお茶ですが、何よりも原料のよさが大切であることをつくづく感じさせます。

決して派手ではありませんが、煎茶のひとつの真髄がここに極まっているといえる存在でしょう。

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