2023/08/26

援農の記録 2023.8.22-23

 


「命がけで作ってるから」と久樹さんは、そのときだけちょっと張り詰めた顔をして言う。「今年のお茶は去年以上のいいものが出来上がりましたね」と僕がかけた声への応えだった。

一日の作業を終えてバーベキューを囲みながら、互いにスーパードライ片手の会話。久樹さんが遠慮気味に片方の口角を上げて、ほんの少しだけ顎を引く。そうすると、暗がりのなかで、いつもは和やかな目線が急に圧力を持つ。平成初期に継いでから経てきたことが具体的には語られずとも束になり視線で示されるようだ。分かるだろう、と彼は言っているのだ。

「命がけで」なんて表現が彼の口から出たのは初めてだった。これまでは「今年のも美味しいですね」と僕が言っても、「こんなもんとちゃうかな」「趣味でやってること」「完璧と思ったことがない」という言葉が返ってくるくらいだった。

実際、お茶を作るということは命がけだと思う。蜂にはしょっちゅう刺されるし、鋭利な茶刈り機は手で持つものも乗用型も、それぞれに危険をともなう。茶工場の大型機械が危ないことは見れば誰でもわかる。酷暑のさなかに畝間で倒れたら誰にも気づかれない。

だが久樹さんがお茶に命を賭していると言うのは、たぶん身体的な危険を指しているのではない。気軽に共感してはいけないような、分かるのに時間がかかる深い精神性のことを言わんとしておられるのだと思う。

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はじめてお会いしてから8年が経った。この人が表現しようとしていることに少しでも力になりたいと思って、「援農」を掲げて人を募り、ときたま草取りのために畑に行くようになった。

満田製茶のことを言葉でいくら語ったところで、僕の存在がかえってフィルターになって伝わりにくいこともあるし、一方でお客さんのほうでも、言い方は雑だけれど、僕が何を提示しても見たいものしか視界に入っていなかったり、聞きたいことしか耳に入らなかったりで、極端に選択的な考えや排他的オーガニック志向に陥っている例をいくらでも見てきた。もちろんみんながそうじゃない。深く気持ちを寄せてくれる人たちがたくさんいるおかげで、折れずに続けてこられた。

それでもいま人々のなかに、わざわざ用意しなくてもよい仮想敵がたくさんいるのだ。原因は情報過多だ。そうなると考えていることはすべて実際とかけ離れ、ときには空論でしかなくて、そうこうしている間にも茶畑で四季は巡り、あまり物言わぬ農家たちは人知れず淡々と日々を暮らし精一杯の自己表現を茶葉という言葉で繰り返す。声の大きな者が闊歩し、遠慮がちに生きる者たちは肩を小さくすくめて生きてきた。

後者のような農家をたくさん見てきた。そして美味しいお茶を作るのも、いつも後者だった。何もしなければきっと近い将来に失われてしまう営みが次から次へと目の前に飛び込んで、圧倒されてしまった。

言葉では伝えにくいところがある。だからとにかく茶畑に来てもらって、できれば頭を空っぽにして、そこにいる人たちの有様を見てほしい。それで援農という形で茶畑にお邪魔するようになった。

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今週の火曜と水曜、満田家のご親戚のお宅に泊まらせていただき2日間の作業をした。

2日間にしたのは、単日だと何かと気を遣わせてしまって結局作業している時間があまりとれず、かえって手間ばかりかけるからだった。

でも蓋を開けてみれば、満田家の手を変え品を変えの(?)気遣いとおもてなしを全員がもれなく受けることに、やはりなってしまった。ご家族それぞれが何かと出てきてくれて、菓子やらお茶やら手製の甘酒やらをご馳走してくださる。あっちの部屋で着替えたらええよとか、空調服いっぱいあるよ、シャワーも使ったらええ、などなど。挙げたらきりがない。

美味しいバーベキューも準備してくださっていて、茶の仕事がどう見ても止まっているのがわかる。ここは製茶問屋でもあるから加工の仕事が忙しい。久樹さんは「いつもバーベキューでごめん」と言う。

2日間が終わってみれば我々はいつもと同じようにお腹も心も完璧に満たされていて、どこからどう考えてももてなされた分の仕事量をこなしていない。そしてそれが逆転したと思えたためしなど、ただの一度もない。

助けになりたいと思うことそのものが間違っているのだろうかと、はじめのうちは思った。だけど、たくさん話をして時間を一緒に過ごして、そういうときの久樹さんたちの表情は僕の目に狂いがないとすれば嬉しそうに見えるのだった。久樹さんだけではない。心ある農家さんたちは皆、そうだった。

本当に大変な農業を、僕のような素人が仕事量によって支えようとすることには確かに無理がある。やってもやっても助けになった気がしない。そして僕が万が一にも満田製茶のお茶を全量買い上げることがあったとしても、きっと僕は「助けてあげている」と感じることが誓ってないだろう。

等価交換という言葉がある。人は何かをしてもらったら等価で返さなければならないという考えにとらわれてしまっている。もらったら返す。してあげたら見返りを期待する。あらゆるものごとをお金で換算できる時代。

そうではない関係をひとつひとつ見つけていく。それはいつでも心地よくて、気兼ねなくて、優しい。

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深夜、宿でとても不思議な出来事があった。恐ろしくはなかった。そのことを久樹さんとお母さんに話すと、どことなく嬉しそうにしておられた。ご先祖はやっぱり大切にせなあかんのよ、と久樹さんは言う。古い家やから、とお母さん。

「ご先祖さんは見てはるねん。岡村くんのお母さんもな、ここ…肩の後ろ。ここでいつも見てはんの。そういうことを分かってくれそうな人のところに、ご先祖さんというのは現れることがあんねん」

「いつか死んで祖父母や母と再会することがあったら、『ようがんばったね』と言ってもらえるように、生きたいです」

「うん」と久樹さんは応えた。

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だいぶ暗くなって大阪への帰路についた。久樹さんと、彼が神社で拾って来た白い犬のハクとが並んで、見送ってくださる。なんとなくハクは、たぶん、普通の犬じゃない。

バックミラーの暗闇にふたりが消えてゆく。何かの幕が降りるような気持ちでハンドルを握る。少し進んだところで止まり、聴きたい音楽をセットする。そのとき、理由がわからないけれど対向車が大きなクラクションを鳴らしながら僕とすれ違って、それを機に現実に引き戻されるような気がした。

とろとろと日野の暗い田園の間を走る。高速道路に乗るともうそこは都市と一直線に繋がっていて、空気が変わる。「ご先祖が見てはる」を繰り返し考えながら時速80km。視線は子どもの頃からなんとなく感じていて、ひとりでいるときでも見られている感じがいつもあった。勝手にそう思っているだけかもしれないけれど。

いまこの瞬間も…と思ったとき、高速道路の開けた視界の上で雲間から半月が顔を出した。それはやけに強く光っていて、目だった。優しく潤っていた。「あなたを見ている。何もしないけれど、あなたがしていることを見ている」と、ひとつの月の視線に何人ものもう会えない人たちの目が重なった。

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