日野に来てから2回目の月曜日を迎えた。
今日やったこと
・草とり(手作業)
・仕入れた茶を冷蔵倉庫へ移送
・草刈り(草刈機)
日差しのきつくない時間を利用して茶園の草とりをする。久樹さんと話をしながら、ぶちぶちと草を抜いていく。やぶがらし、自然薯、朝顔、ウリの蔓、笹…コツや段取りも少しずつ分かってきた。どの草がどんなふうに生えていて、どう攻めれば効率的に取れるか。どうすれば疲れにくいか。
草とりは満田製茶の仕事の核なのかもしれない。
「こういう淡々とした作業も悪くないやろ。余計なこと考えへんし。大切な時間やで」と久樹さん。いつもはどんどん先にいく彼だけれども、今日は話が弾んで僕と同じペースで進めてくれた。
「無農薬をするようになって30年くらい経つけんども、ここ数年でやっと分かるようになってきた。無農薬の茶の真髄が。やっぱりな、茶は無農薬で作らなあかんねん。無農薬の茶ぁは、何かちゃう。うまいねん。でも、お茶屋さんたちがいう旨味のことやないよ」
彼は何を感じているのだろうか。
彼は問屋として、市場の価値観に基づいたお茶の鑑定ができる人だ。茶を見たら人がわかるねん、と彼は言ってはばからない。
彼が仕入れてきた茶をみて「めっちゃええ茶やんか」と惚れ惚れしている場面をすでに何度か見ているが、そのときの「ええ」は、彼が自園の茶について言っている「ええ」とはまったく別物のニュアンスを帯びている。
「こうして岡村くんも来てくれるから何とか続けられるものの、いつまで出来るかわからへん。そのうちに1度だけ除草剤使わなあかんときもあるかもわからへん」と彼は大真面目にいう。
僕は、彼が例え農薬を使う農家になっても、彼のことを追いかけ続ける。
…
「岡村くんは頑固や。ええ意味での頑固やけどな。頑固。お母さん大変やったと思うわ。感謝せなあかんで」と彼は草をとりながら話し始めた。
「前職を辞めたいと言ったとき、母親は参ってしまっていました。本当にどうしたものかと悩んで、親戚に相談までしてたくらいです。辞職も起業も、きつく反対された。でも、病気で亡くなる2日ほど前に、突然言うたんです。『やってみたら。あなたの人生やから』って」
それを聞いた久樹さんは、神妙な顔をした。「ええ…そうなんか…。実を言うとな、僕が岡村くんに頼んでこうして来てもらっているのは、お母さんを感じるからってのもあんねん。お母さんがな、僕に言うてる感じがしてたんや。『息子がちゃんとやっていけるように、茶を教えてやってください。頼みます』ってな、なんかわからんけど、お母さんに言われているような気がしてたんや。そういうこともあって、来てもらってんの。せやからここにいる間は、先入観を捨てて、素直な気持ちでお茶をみてや。あと、仏壇は毎日参るんやで」
「はい」としか言えなかった。生前の母親なら、そういう頼み事をきっとやっていただろうと思うからだ。
それからもいろいろの話をした。
子どもの教育とデジタル機器の話になったとき、話題はYouTubeのことに移った。珍しく彼は言葉を荒げ、こう言った。
「YouTubeって、わけのわからんもんばっかり流れてんのな。なにが、『はじめしゃちょー』やねん。おれな、ペラペラしゃべってばっかりの男は大っ嫌い!しょーもない」
その1時間くらい前に、「僕はめったなことがなければ怒らん」と言っていたのに、もう怒っている。笑ってしまったけれど、彼は大真面目だ。
…
それから彼は、草刈機についてレクチャーをしてくれた。「田舎でこれが使えんかったらばかにされる」といって、まだ使ったことのない僕に、安全第一の指導をしてくれる。
意外にも重たくてびっくりした。やっているうちに右腕が棒になる。コツが掴めない。午後の後半にも草刈機を使ったけれど、「時間かかりすぎ。その4倍のスピードでやらんならん。金属チップが危ないからやと思うけんど、腰が引けてるわ」と彼は笑った。
こういう風に言われると燃えてくるので、挽回したい。
…
午後は、彼が事前に仕入れていた茶を業務用の大型冷蔵倉庫へ運ぶことになった。30kgある袋を次々にトラックとバンに積み、彼はトラック、僕はバンに乗り込んで倉庫へ移動した。
倉庫の中は気温5度くらい。はじめ涼しいと思うけれど、じっとしているとどんどん冷えてくる。そのなかで彼は自分の背丈より高いところへ30kg袋を積み上げる。すごい。
僕には難しい作業だ。
「慣れやねん。やってたらできるようになる。岡村くん今何歳?34?そんなん、バリバリに動く年やん」と50代の彼は言った。またまた燃えてくる。
そこは地域の集荷場も兼ねているところだ。ここに茶農家たちが荒茶を持ち込んで、ロットごとのばらつきを均すために全量を混ぜ合わせる。それが入札に出される。落札された茶を問屋たちが引き取りに来る。
少しずつ、お茶の流通が見えてくる。教科書でしか見たことのなかった繋がりが、そこで働く人々の汗と茶の粉塵とともに目に映るのはとても新鮮だ。
何もかもを、彼は見せようとしてくれる。生涯でもきっと忘れ得ない学びの時間になるのだろうと、今のうちから思う。
…
今日は身体を酷使する1日だった。腕がすでに棒のようでキーボードも打ちにくい。明日の朝起きたときの筋肉痛が怖い。
30代の若さなんて関係がない世界。日々身体を使って仕事をしているかどうかだ。腕力であまり役に立っていないことが歯痒くも、それでもなお彼が見せよう、感じさせようとしてくれているものを必死で頭に叩き込み、手指の感覚に馴染ませようとする。
満田家に戻ると、お母さんがおかずをパックに入れて用意してくれていた。それを持ち帰って、買い足した食材も使って夕食をつくる。満田家の人たちは、みなこざっぱりとした人で、話していて気持ちがいい。
風呂に入ってから島本の家族とビデオチャットをすると、娘が虹を描いてみせてくれた。
世界は、いまかつてないくらいに鮮やかに見える。
もっと見たい。もっと知りたい。
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